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川越の輝く女性特集:第2回 大谷美子さん

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 「川越の輝く女性特集」2回目は、川越出身で「線維筋痛症」という難病を抱えながらエステサロンを経営する大谷美子さん。線維筋痛症は体中に激痛が走る病気。大谷さんは常に骨折や陣痛レベルの痛みと闘っている。あまり知られていないこの病気をより多くの人に知ってもらい、難病指定に向けての活動を行う傍ら、持病のある人が携帯するヘルプマークの普及活動にも取り組んでいる。

線維筋痛症について

 線維筋痛症は、まだ謎の多い病気。原因もまだ十分に分かっておらず、専門医でなければ診断も難しい。症状は全身に激痛が続いたり、強い疲労感や倦怠(けんたい)感を伴ったりするなど。「痛みを感じる仕組み」に問題が起こることが原因とされている。激痛に苦しんでいるのに、画像診断や血液検査では原因が見つからず、何カ所もの医療機関を転々としても病名が分からず、診断までに何年もかかることがあるという。実際、大谷さんも6年前に発症し、この病気と診断されるまで5年かかった。「大学病院などの大きな医療機関にも行ったが原因が分からず、8カ所の病院を転々とした。最後には仮病を疑われたり、麻酔科に回されたりと、原因不明の痛みや恐怖を理解してもらえずに本当に辛かった」という。結局、自分の症状を一つ一つ、ネットで検索して線維筋痛症という病名にたどり着き、自分で専門医を見つけて受診したという。「今でも、専門医の先生からかけてもらった『5年もこんな痛みに耐えて、よく頑張ったね』という言葉を思い出すだけで涙が出る」と目を赤くする大谷さん。やっと自分の痛みと苦しみの原因が分かったことと、初めてその辛さを理解してくれる医師に出会った時のことを振り返る。「30~50代の大人の女性に多い病気で、謎の痛みと闘いながら原因が分からず苦しんでいる働き盛りの人がまだたくさんいるはず。病気のことを知ってもらうことで、『もしかして』と同じ症状の人の気付きのきっかけになれば」と話す。

病気を発症して変わった視点

 病気になって、生活が一変してしまった大谷さん。悪いことばかりではなく、物事の見方が大きく変わったという。「病名が分かってからも、しばらくは周囲はもちろん家族にも言わずに隠していた」と、心配させたくないという一心で仕事も家事もできる限りこなしていたという大谷さん。「ある時、常連のお客さまに『(エステの)手技が変わったね』と言われ、痛み止めを服用していても、無意識のうちに痛みから庇(かば)うような動きになっていたことを自覚した」という。そのことがきっかけとなり、周囲に打ち明けたという。「親にも、当時中学生だった息子にも病気のことを話し、それまで理解されなかった自分の苦しみに寄り添ってもらえるようになった」と話す。「朝起きてベッドから起き上がるまでに、強い痛みのため2時間もかかる」という大谷さん。打ち明ける前は、思うように動けないことも「怠け」「体力不足」と受け取られたという。「病名が分かるまでは自分自身も困惑していたが、病名が分かり、さらにそれを周囲に告げることで『人は人、自分は自分』と割り切ることができるようになり、気持ちが楽になった」という。

多くの人に知ってほしいこと

まずは、線維筋痛症という病気が存在すること。

 難病に指定されてはいないが苦しんでいる人がたくさんいて、完治する治療もなく、副作用の強い薬を飲み続けなければならないこと。理解されず、病名も分からず、苦しんで心を病んでしまう人もたくさんいるということ。「私も、子どもを育てるという使命がなければ命を絶っていたかもしれない。それくらい辛く苦しい病気」と大谷さん。「これから輝く世代の方が多くかかる病気。でも、諦めないでほしい」とエールを送る。

 

健康の人にも自分の体をいたわることを忘れないでほしい。

「シングルマザーということもあり、子どもが何不自由なく生活できるよう、がむしゃらに働いた」という大谷さん。「常により良いサービスのことを考えたり、経営面での事務的な作業もこなしたりした。夢でも仕事をしているくらい。そのため、自分の体が出していたサインに気付かなった」と振り返る。医師からは、この病気は「脳疲労症」とも呼ばれると聞いた。強い痛みの症状が出始めたのは6年前だが、「10年前から発症していた」と診断された。「その日の疲れはその日の内にケアすること、オンとオフの切り替えや、睡眠の質が大事だということが今になって分かった」という。精神面でも、何事も気負い過ぎず、「まあいいか」と思うくらいの気持ちが良いという。

 

ヘルプマークを広く知ってほしい

 病気になり、自分が身に付ける側になって「ヘルプマーク」の認知度の低さにも気付いたという大谷さん。ヘルプマークは、障がいや疾患などがあることが外見からは分からない人が、支援や配慮を必要としていることを周囲に知らせることで、支援を得やすくなるよう東京都福祉保健局が作成したマーク。「マタニティーマーク」ほど認知されていないという。「ヘルプマークを広く知ってもらい、困っていそうだったらマークを見て声を掛ける、席を譲るなどの機会がどんどん増えていってほしい」と大谷さん。

大谷さんの座右の銘

「ブレない!諦めない!」

 大谷さんの生き方、考え方を表した言葉だという。

 大谷さんは現在、「第11回国民的美魔女コンテスト」にエントリーし10人のファイナリストに残っている。「勧められたが、エントリーするかどうかかなり迷った」という大谷さん。締め切り日ギリギリに応募し、ファイナリストに残った。「闘病中の人にも負荷なくできる美容法を考えて伝えていきたいと思い始めたころで、病気のこともヘルプマークのことも広める使命が自分にあると思った」とエントリーの理由を話す。「自分にできることは限られているかもしれないが、『ブレずに』伝えられることを伝えていきたい」とコンテストに向けての意気込みを見せる。コンテスト後は線維筋痛症の難病指定に向けた署名活動などを行っていきたいという。コンテストの本戦は12月10日。ウェブ投票も1日1回を限度に受け付けている。

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